絵本の豆知識

ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)

 

1965年にスロヴァキア共和国の首都ブラティスラヴァで創設され、50周年の節目を迎えた、絵本画家に贈られる最も古い国際賞のひとつです。

第1回ビエンナーレは2年後の1967年に開催され、25カ国から320の作品が集まりました。これまでに100カ国、7000を超える作品に展示の機会を提供し、世界中の出版社や子どもたちの注目を集めています。

刊行された絵本から、特に芸術性の高い作品や、実験的で新鮮な表現や、独創的でユニークな作品が評価され、1点のグランプリ、5点の「金のリンゴ賞」、同じく5点の「金牌」が選出されます。その選出方法から、絵本のこれからをうかがい知ることができる賞だといえます。

 


日本人画家 歴代「グランプリ」受賞作品

 

  1. 1967年 瀬川 康男『ふしぎなたけのこ』
  2.  


  3. 1998年 中辻 悦子『よるのようちえん』
  4.  


  5. 2003年 出久根 育『あめふらし』

 


日本人画家 歴代「金のりんご賞」受賞作品

 

  1. 1969年 田島 征三『ちからたろう』
  2.  


  3. 1971年 丸木 位里、丸木 俊『日本の伝説』
  4.  


  5. 1973年 梶山 俊夫『かぜのおまつり』
  6.  


  7. 1977年 安野 光雅『あいうえおの本』
  8.  


  9. 1979年 安野 光雅『旅の絵本 2』
  10.  


  11. 1979年 谷内 こうた『のらいぬ』
  12.  


  13. 1981年 谷内 こうた『つきとあそぼう』
  14.  


  15. 1983年 藤城 清治『銀河鉄道の夜』
  16.  


  17. 1989年 瀬川 康男『清盛』(絵巻平家物語)
  18.  


  19. 1997年 梶山 俊夫『わらべうた』
  20.  


  21. 1997年 北見 隆『聖書物語』
  22.  


  23. 1999年 関屋 敏隆『オホーツクの海に生きる』
  24.  


  25. 2001年 高部 晴市『やまのじぞうさん』
  26.  


  27. 2013年 きくち ちき『しろねこくろねこ』
  28.  


  29. 2013年 はいじま のぶひこ『きこえる?』
  30.  


  31. 2015年 ミロコ マチコ『オレときいろ』
  32.  


  33. 2017年 荒井 真紀『たんぽぽ』
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7月下旬に紀伊国屋書店新宿南店の撤退が決まりました。
こういうニュースが流れると、「書店で本を買おう」とか「Amazonのせいだ」とか、まるで書店が予期せぬ力で潰されたかのような声を聞くことがあります。でも、それって本当でしょうか。

 


書店は減っているのではなく、より良く整理されている

 

確かに日本の書店はどんどん減っています。2003年からわずか10年で書店数が4分の3になったというのは、かなりインパクトがあります。

2016書店数推移

ところが、実際に店舗を持っている書店に限ってみれば、減少は15%に過ぎません。さらによく調べてみると、書店は一方的に潰れていっているわけではなく、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返しながら、大型書店へ集約されていっていることがわかります。(紀伊国屋書店新宿南店は大型書店ですが、新宿本店のみに絞るという意味での集約だと思います)

例えば、僕の家の近所に書店が2つ、ひとつは商店街の小さな本屋さん、ひとつは駅前の大型書店、がある場合、まず間違いなく大型書店に行きます。もう買うと決めている本を求めるにしても、思いもしない新たな出会いを求めるにしても、大型書店に行ったほうが確率が高いからです。

書店が取次を通じて本を仕入れる以上、そこで扱われる商品は全く同じものなので、量で勝負ができなくなった書店は淘汰される。今起きていることは単純明快、ごく当然の流れです。

 


書店が減っても10年前より不便になったとは思わない

 

そもそも、Amazonだって書店だということを忘れてはいけません。ネット書店があるからリアル書店が潰されるなんていうのは勝手な思い込みで、実際は読者にとっての「不」を抱えた書店がなくなっていっているだけ。だから、実感として10年前よりも本が手に入りにくくなった、と感じる人はほとんどいないはずです。

読者にとって価値のある書店は絶対に潰れません。今後も書店数は減って、1万店舗を割り込むことはあっても、必要以上になくなることはありません。読者はわざわざ「書店で本を買おう」なんて心配しなくて良くて、自分の好きなように本を求めれば、それにともなって世界が最適化していくと思います。

 


これから必要とされるのは本屋の個性

 

絵本には専門書店があります。そういう書店のオーナーは、僕のような編集者よりも遥かに知識が豊富です。だから、自分が売りたい本が明確で、決して受け身の仕入れをしません。オーナーの好きが詰まった棚は、読者にもちゃんと伝わるので、「絵本を買うならあの書店に行こう」となるわけです。むしろこじんまりとした、棚の隅々まで目が行き届くくらいの規模だからこそ、どんな大型書店にも、どんな人工知能にも負けない強みを発揮できるともいえます。

世の中には、わけあってエンブックスのように取次を通じた書店流通ができないけれど、クオリティの高い絵本もたくさんあります。取次まかせの受け身の仕入れではほとんど見つけることができない絵本も、オーナーさえその気になれば、出版社から直接注文をすることができる。そうやって自分の目で仕入れた絵本が並ぶ棚は、他のどんな書店とも違う、そこだけのとっておきです。

そういう意味では、今エンブックスの絵本を手に取ることのできる書店は、相当すごい目利きの書店員さんがいるということで、間違いなく生き残っていく書店だと思いますし、そういう書店が増えていけば、エンブックスにとっても読者にとってもうれしいことです。

リアル書店が大型化し、ネット書店が効率化を進めるなら、町の書店は個性でアプローチするしかありません。あの本屋さんは辞書に強い、あそこは歴史に関するものが豊富、医学系ならあのオーナーより詳しい人はいない……僕たちが行きたくなるのはそんな書店です。

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目次

  1. アムステルダム公共図書館 見学レポート①
  2. アムステルダム公共図書館 見学レポート②
  3. アムステルダム公共図書館 見学レポート③
  4. アムステルダム散策 番外編

 


母国語で読み聞かせしてもらうミッフィー

 

オランダで「ナインチェ(Nijntje)」と呼ばれ、子どもたちに親しまれているのは、日本でもおなじみの「ミッフィー」、あるいは「うさこちゃん」です。

ミッフィーが生まれた故郷で、この絵本を手に取る感激。せっかくの機会なので、図書館員の女性に読み聞かせをしてもらえないかとお願いしてみました。

「わたしが?」ハニカミながらあっさりOKしてくれました。

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ミッフィーの母国オランダ語でしばし聞き入ります。もちろん……意味は全然わかりません。全然わからないけれど、なんだかとっても良いのです。

一冊の絵本を読み終えるまでは、ほんのわずかな時間です。でも、とてもきらめいた時間でした。オランダの子どもたちはこうして「ナインチェ」に親しんでいくんですね。

こういう体験は、絵本の翻訳にきっと役に立つと思います。だって翻訳が難しいのは、原作の文の「調べ(=リズム)」をどう再現できるかだから。

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目次

  1. アムステルダム公共図書館 見学レポート①
  2. アムステルダム公共図書館 見学レポート②
  3. アムステルダム公共図書館 見学レポート③
  4. アムステルダム散策 番外編

 


アムステルダム公共図書館の内部に迫る

 

アムステルダム公共図書館は、信じられないことに10階建て(地上9階、地下1階)で、吹き抜けになった設計は、まるで高級ホテルかデパートのようです。

エスカレーターで昇っていくと、フロアごとに、カテゴリー別に整頓された本が並んでいます。
「僕は美術関連の本が見たいから3階にいるね」
「じゃあ、1時間後に4階の小説コーナーの前で待ち合わせしましょ」
通りがかったオランダ人カップルが、そんな会話をしているような気がしました。

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まるでUFOのようなデザインのDVDフロア。紫のライティングが未来的です。

微動だにしない人がちらほらといるのは、タイトルを決めかねているのだと思います。端からタイトルを見ていく間に、
映画を何本か観られるかもしれません。

 


至れり尽くせりのホスピタリティ

 

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上の階の窓際は特等席です。あいにくのどしゃ降りで景色はぼんやりしていましたが、それはそれで悪くないものです。読書をするにはもちろん、時々ぼうっと過ごすのも良さそうです。

館内のいたるところにアーティストの作品が展示されています。美術館のような雰囲気はこうして作られているようです。

パソコンは各フロアに並んでいます。本の検索端末ではなくて、インターネット使いたい放題。アムステルダムでネットカフェを起業しようと思っているなら、今すぐ白紙に戻したほうがいいかもしれませんね。

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さらに昇っていくと、ラジオのスタジオまであります。ちょうど生放送直前の慌ただしい現場でしたが、ディレクターに直撃インタビューをしてみると、
「放送の現場を公開したら、学生たちにとって何よりの勉強になるだろう」
といっていました。図書館内のスタジオならではの新しい試みで、ぜひ実現させて欲しいと思いました。そのうち、学生が作る番組もここから生まれていくのでしょう。

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最上階はレストランになっています。どこまでも至れり尽くせり。
晴れた日なら、テラス席で本の感想なんかをゆらゆら語りながら、ゆっくり過ごすデートもいいものです。妄想です。

隣のフロアの白黒が交互に並ぶ床を見て、フェルメールの絵が思い浮かびました。レンブラントやフェルメールも、ビールを片手に芸術の未来について語ることがあったのでしょうか。

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目次

  1. 阿川佐和子さん講演会「妄想のススメ」レポート①
  2. 阿川佐和子さん講演会「妄想のススメ」レポート②

 


テレビでもおなじみのエッセイスト、阿川佐和子さん。ユーモアを交えてたっぷり語ってくれた子ども時代は、意外にも読書が苦手だったとか。そんな少女が、どうして「かつら文庫」に通うことになったのか、石井桃子さんとの思い出、そして阿川さんが考える絵本の魅力について、2回に分けてレポートします。

こどものとも

 


かつら文庫のはじまりの本当

 

1958年に、石井桃子さんが荻窪の自宅を改装してはじめた、地域の子どものためのちいさな図書館が「かつら文庫」です。
子どもの本に関わる仕事をしていた石井桃子さんは生涯独身。阿川さんによると、子どものいなかった石井さんが、もっと子どもの気持ちに寄り添いたいと自宅を開放して招いたというのが、「かつら文庫」のはじまりだそう。

ときどき2階から、執筆中の原稿を持った石井桃子さんが降りてきて、子どもたちを集めて実際に読んで聞かせては「なるほど、これは良し、これは直し」と、その反応を作品に活かしていたということです。
「かつら文庫」の棚には、教訓的なもの、偉人の伝記のような本は1冊もなかったという話も印象的でした。

 


バージニア・リー・バートンにがっかり?!

 

そんな「かつら文庫」ができてすぐに、読書家のお兄さんが通うことになり、本よりも外で遊ぶことが好きだった幼い阿川さんも、ただお兄さんのマネっこがしたくて一緒についていくことに。
なにより、子どもたちだけで出かけ、電車に乗り、荻窪までの大冒険が楽しかったそうで、「かつら文庫」に着いても、ひとり縁側から庭に出て、お花を摘んだり、サルスベリの木に登ったりして遊んでいたというおてんば。

それでも、石井桃子さんが訳した絵本『ちいさいおうち』は大好きだったと阿川さん。それを知っていた石井桃子さんの計らいで、小学生低学年のとき、バージニア・リー・バートンに会わせてもらったというのは、子ども時代のうらやましい宝物のようなエピソードです。
大きな模造紙を壁にはり、その場で即興で絵を描いてくれるというリー・バートンに、「ちいさいおうちの、どの場面を描いてくれるんだろう!」と、胸を躍らせていた少女。
ところが、勢いのある長い線で描かれたのは思ってもみなかった「恐竜」で、当時は「本当にがっかりした」と、いかにも子どもらしい本音が。
そう、お察しの通り、その後出版される『せいめいのれきし』の一場面です。このときの原画は今でも「東京子ども図書館」に飾ってあるそうです。観てみたい!

 


『正義のセ』

著/阿川 佐和子
絵/荒井 良二
定価/1430円(税込)
角川書店
2013年3月発行

 


『ちいさいおうち』

文・絵/バージニア・リー・バートン
訳/石井 桃子
定価/1870円(税込)
対象/4、5歳から
岩波書店
1965年12月16日発行

 


『せいめいのれきし』

文・絵/バージニア・リー・バートン
訳/石井 桃子
定価/1870円(税込)
対象/小学中学年から
岩波書店
1964年12月15日発行

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  1. アムステルダム公共図書館 見学レポート①
  2. アムステルダム公共図書館 見学レポート②
  3. アムステルダム公共図書館 見学レポート③
  4. アムステルダム散策 番外編

 


旅のはじまりは雨に濡れながら

 

今から8年前、2度目に訪れたオランダのアムステルダムは、どしゃ降りの雨でした。

到着間もなく、アムステルダム公共図書館訪問のアポイントがあったので、駆け足でタクシー乗り場へ向かい、「図書館までお願いします」というと、「それなら近いから歩いた方が早いよ、駅のあっち側」と、指をさしてやんわり乗車拒否。傘持ってないのに。

嫌な予感は的中するもので、運転手さんはすぐ近くといったけれど、知らない国だし、当時はスマホもなくて、なかなか図書館が見つかりません。びちゃびちゃに濡れながら、スーツケースを引きずってたどり着いた頃には、アポイントの時間をとうに過ぎていました。

 


すっかり落ち込んだ僕の気持ちを吹き飛ばしてくれた図書館

 

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入口ではシロクマのぬいぐるみが、うらやましいくらい乾いた毛並みで迎えてくれました。
アムステルダムにある公共図書館は、去年(2007年)の7月にオープンしたばかり。外観はまるで美術館です。総面積は、ヨーロッパ最大規模(当時)の広さを誇ります。

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1階には児童書コーナーがあります。まず児童書の数におどろいて、そのあとインテリアのセンスにおどろきます。快適すぎる! ソファの真ん中で寝っ転がって、天井の写真を撮っている大人がいるくらい。わかります、その気持ち。

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子どもにとっては、まさに本のお城でしょう。少々騒いだってなんてことありません。日本だと声を出すのもためらうことがあるのに。

 


オランダの子どもたちに人気の絵本

 

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図書館員にいくつか人気の本を紹介してもらいました。どれも見ていて楽しい気分になる絵本ばかりです。作品を選び抜く子どもの目に狂いはありませんね。

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中にはこんな大きな絵本もありました。どうやってめくるのでしょうか。そのまま絵本の世界に飛び込めそうです。

本の角のくたびれた感じを見ると、じわじわ嬉しい気持ちになります。滞在10分で、すっかりアムステルダム公共図書館の気持ちよさに魅了されました。雨のアンラッキーからの逆転ハッピー。

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「そもそもアニメを子どもが好きなのは情報量が少なくて分かりやすいからなんですよ」

「実写だと子どもには情報量が多すぎて、複雑すぎてよく理解できないんです。子どもには単純な絵のほうが分かりやすいんです」

 


絵本の読者は、子どもの中でも年齢の低い園児が中心です。だから「情報量が少なくて分かりやすい」という、この基本的な考えは絵本にも当てはまります。

赤ちゃん絵本の「ミッフィー」と、幼児絵本の『ぐりとぐら』では、その線の数があきらかに違います。僕が大好きな赤羽末吉の『スーホの白い馬』も、壮大なモンゴルの大地が強烈な記憶に残っていますが、改めて見ると意外なほど線は少ない。それぞれの年齢層に適切な線の数は、売れている絵本から見えてくるんですよね。

実際、「画面の情報量」まで意識して描ける(描いている)画家は少ないと思います。逆にいうと、それを意識できれば、絵本作家としてステージが上がるということになるでしょう。

僕はよく「余白を意識して」といいます。余白というのは文を配置するスペースであると同時に、画面の情報量をコントロールするスペースであるわけです。とりわけ、絵に自信のある画家は、技術があるぶん、それを最大限に活かそうとして、描きたがる傾向があります。あるいは、画用紙に対して「未完成」にみえる不安なのかもしれません。

もちろん絵描きとしてはごく当然。でも「過ぎたるは及ばざるが如し」で、描きすぎると子どもにはわからなくなってしまうということを、絵本画家は知っておかないといけません。

とはいえ、線の数を減らすというのは簡単ではありません。例えば、二本の垂直の線を描いて、その上に大きな丸ひとつで「木」を描いたとして、それは画家の仕事ではないし、物語の世界はとてもつまらないものになってしまいます。

線の数を減らす一方で、物語としての情報量は増やす(難)。描くべきところ(見せたいところ)と、そうでないところの緩急を計算して、適切な「画面の情報量」にしていく。これが絵本画家としての腕の見せどころではないでしょうか。

最近で一番学びの多かった1冊。コンテンツづくりに興味のある方は必読です!

 


『コンテンツの秘密』

著/川上 量生
定価/902円(税込)
NHK出版
2015年4月10日発行

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目指したのではなく、導かれるように絵本作家へ

 

細いカラダ、丸眼鏡に蓄えたひげ、つぶらな瞳。
それでいて、発する言葉は強く、あちこちにほとばしるエネルギーは、いかにも芸術家らしい。

大学時代に制作した絵本『しばてん』を、親交のあった和田誠さんが、すでに売れっ子作家だった今江祥智さんに売り込んでくれたことが絵本作家になるきっかけだそうです。
だいたいこういうエピソードは、どうして著名な人同士がつながっているのか不思議に思っていたこともありますが、違うんですよね。良い環境が人をつくる、その結果が今なんです。だから腕を磨くのと同じくらい、どこに属すのかを見極めることが大事。

話がそれましたが、今江さんは電車の中でそれを読んで、感動して涙したといいます。
田島さんは、自分の絵が「顔も知らない誰かを感動させることができるんだ」と感激して、本格的に絵本を出版社に売り込んでいきます。

ところが、どこも相手にしてくれなかった。
唯一、福音館書店の松居直さんだけが「この作品は子ども向きじゃないけれど、絵がおもしろいから、僕とつきあってくれますか」と声をかけてくれたそうです。いかにも松居さんらしい穏やかな言い回しで、そのときの様子が目に浮かぶようです。

当時の田島さんは何しろお金がなくて、「松居さん、つきあっている間もお金はもらえますか」と尋ねました。
もちろん、そんなことはできるはずがないのですが、その代わりに「なるべく早く本にしましょう」と松居さんは答えました。
そうやってできたはじめての絵本が『ふるやのもり』(文・瀬田貞二)で、1964年のことです。
本屋に並んだ時は「うれしかった!」と目を輝かせ、ずっと棚の横でお客さんが来るのを待っていたと、当時を振り返っていました。

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「こどもの美しい花園を踏みにじる汚い絵」と酷評されて奮起

 

おそらく、その頃の田島さんは、こどものよろこびのため以上に、自分が生きることで精一杯だったと思います。
そうだとしても、幼稚園の先生たちからは「こども向きじゃない汚らしい絵だ」と散々な言われようでした。なかでも

「芸術家のエゴで、こどもの美しい花園を踏みにじるのはやめてほしい」

という言葉は強烈で、今でもはっきりと記憶しているといいます。

一方で、長新太さんや赤羽末吉さんといった憧れの作家たちが、独創的な絵を気に入ってくれ、瀬川康男さんはその頃住んできた3畳間を尋ねてやってきて、泊まって帰ったこともあったそうです。そうしたことを励みに、どんなに敵が多くてもこの道はゆずれない、と絵本作家としての覚悟を決めました。

今も通じる難しい問題だなと思うのは、覚悟を決めても、散々に言われた絵描きの仕事が続かないことです。
幼稚園の先生や、親の目線に合わせるだけでは、表現者は窮屈になるし、新しいものは生まれない。だからといって、本を選んで買う読者を無視していれば、そもそも絵本を手にとってもらうことはできません。やがて田島さんは栄養失調になります。

なんとか生かさないといけない。これは想像ですが、田島さんの画家としての才能を信じた編集者や仲間の作家たちが、アイデアを絞り出したんだと思います。売れっ子の今江祥智さんの文に、絵を描けば本にできるんじゃないか。この『ちからたろう』(ポプラ社、1968年)はよく売れて、翌年には「ブラティスラヴァ世界絵本原画展」において「金のりんご賞」を獲得します。

 


老いて知る表現者としての本当の戦いかた

 

「若い時は戦う姿勢が強すぎた」と田島さんはいいます。
自分の思い描く世界と、それを受け入れてくれる世界のギャップが苦しかったんだと思います。

『ちからたろう』がせっかく評価されたにも関わらず、ようやくつながった次の作品では、まったく違う表現の絵を描いて、編集者や読者の期待を裏切る。
少なくない印税が入るようになったらなったで、「お金が入るとダメになる」と考え、今まさに売れている絵本を出版社に掛けあって絶版にしてもらう。そんなことをしているうちに、またお金がなくなったら、今度は違う出版社に再販のお願いをする。
出版社である僕の立場からすれば、嫌な汗が流れるような恐ろしい話です。絵本づくりにどれだけの人がかかっているのか、周囲の苦労など微塵も考えなかったそうです。

それでも、今もこうして絵本作家として活躍を続けられていることは、芸術家としてのプライドと、絵本づくりにおけるアウトプットの試行錯誤に、自分なりの折り合いをつけることができたからでしょう。
そして、それ以上に大きいのは、こどもが大好きだということ。廃校を舞台にした立体絵本「絵本と木の実の美術館」の活動を、とても楽しそうに話す田島さんの姿から、そんなふうに感じました。

 


『ちからたろう』

文/今江 祥智
定価/1100円(税込)
対象/3歳から
ポプラ社
1967年6月発行

百かんめの金ぼうをかた手に、のっしじゃんが、のっしじゃんがと力修行にでて行くちからたろうのゆかいなお話。

 


『ふるやのもり』

再話/瀬田 貞二
定価/990円(税込)
対象/4歳から
福音館書店
1969年4月10日発行

じいさんとばあさんが育てている子馬をねらって、泥棒と狼は、それぞれ厩に忍びこんでかくれていました。じいさんとばあさんが「この世で一番怖いのは、泥棒よりも、狼よりも“ふるやのもり”だ」と話しているのを聞いて、泥棒と狼は、どんな化け物だろうと震えていると、そのうち雨が降ってきて古い家のあちこちで雨漏りしてきて……。

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目次

  1. アムステルダム公共図書館 見学レポート①
  2. アムステルダム公共図書館 見学レポート②
  3. アムステルダム公共図書館 見学レポート③
  4. アムステルダム散策 番外編

 


不思議な縁で導かれたアムステルダムで最も有名な絵本店

 

アムステルダムでの移動手段は、トラムと呼ばれる路面電車です。小回りが効くので、ちょっとした移動に便利。
ただ、路線図を頼りに降車駅を確認して乗ったとしても、僕のようにゆったりした気分で街を眺めていると、ひと駅乗り過ごしてしまうなんてこともあります。

反対車線を走る路面電車に乗るのか、それとも今乗って来た道を歩いて戻るのか。結局、散歩がてら戻っていると、道沿いにかわいい本屋さんを発見。路面電車の車窓からは見逃していた本屋さんです。

早速、店主に尋ねてみると、そこがアムステルダムで最も有名な絵本店だとわかりました。ほんの数分前の選択が導いてくれた不思議な出会い。これこそが旅のおもしろさですよね。

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前日にアムステルダム公共図書館でおすすめしてもらった本を探していると、
「あれをごらん」と、店主が僕の肩をたたきます。

本屋の入口にあったのは、まさに絵本の表紙そのもの。しばらくすると、近所の子どもたちが遊びにやって来て、ますます表紙そっくりの光景に。あの時の、店主の誇らしげな顔は忘れません。

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