「優れた絵本」に明確な定義はありません。
ただ、これまで何十年も読み継がれてきたロングセラー絵本が、優れた絵本であることは間違いありません。
そういう絵本を数多くつくってきた福音館書店の松居直さんをはじめ、長く子どもの本に関わってきた人たちは、そろって「絵本は子どもの楽しみのためにある」といいます。
絵本は楽しいもの。文字にすればとてもあたりまえのことですが、大人というのは困ったもので、(読み手も、つくり手も)ちょっとでも油断すると、絵本で何かを教えようとか、絵本が何かの役に立つとか、純粋な楽しみのうえに余計なトッピングをしがちです。
そうしたおせっかいは、子どもの読書体験を、とてもつまらないものにしてしまう可能性があります。
そういう意味で、教訓的な絵本は、子どもにとって優れているとは言いがたい。
ところが、優れた絵本には、多くの学びがあります。それは、決して教訓のような型にはまった学びではなくて、もっと個々の人生を豊かにするための学びです。子ども時代の豊かな感受性は特別で、子どもは絵本の世界を通じていろいろな体感をし、いろいろな感情を育んでいきます。
阿川佐和子さんの言葉をかりれば、物語は「一生モノの心の引き出し」をつくるきっかけを与えてくれる。
だから、子どもの楽しみを真剣に考えてつくったものは、結果的に学びがついてくるし、大人が読んでもおもしろいのだと思います。教えなくても、ちゃんと伝わる。
『ばあばのおうち』には、ばあばが教えてくれた大切なことがたくさん散りばめられています。
にもかかわらず、読んでもらえるとわかるように、ばあばは何ひとつ教訓的に語りません。
きせつの おはなの なまえを しっておくのよ。
じぶんが たのしいから。
ばあばは、こんなふうに語りかけます。
例えば、誕生日にケーキを予約しておいてくれる。見送るときは、相手が見えなくなるまで手をふっていてくれる。季節のお花を飾ってみせる……
幼い主人公ありさと同じように、この絵本を開いた子どもたちは、ばあばとの楽しい暮らしを通じて、自然と大切なことを学んでいきます。
実際、大人になったありさ(=村上萌さん)と会って話をしていると、ばあば自身がまるで優れた絵本のように、萌さんに人生を豊かにするきっかけを与えてくれたんだということがよくわかります。
このお話の舞台になった築100年の「ばあばのおうち」は、残念なことに今はもうなくなってしまいましたが、子どもたちのそれぞれの心の引き出しに在り続け、また次の新たな100年を紡いでいけたらうれしいです。
This website uses cookies.