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デンマークの首都コペンハーゲンから、バスに乗ってしばらく。島を渡って向かう先はオーデンセという街です。世界で最も有名な童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの生まれた街。
そこはまるで童話の中のように、例えばベンチの足が巨人の足になっていたり、信号機がアンデルセンになっていたりと、遊び心がいっぱいです。
アンデルセンは14歳でひとりコペンハーゲンに移り住みます。それまでのオーデンセでの暮らしは、貧しくて仕方がなかったそうです。アンデルセンの生まれた1800年頃のこの街が、実際にどんな環境だったのかは想像することしかできませんが、アンデルセンの言葉に反するように、街の景色は穏やかで美しく見えます。
低い屋根に短い煙突。似ているようでどれも違う壁の色、扉のデザイン。余計な装飾は全然ないのに、それでいて明るい印象。きっとアンデルセンの豊かな想像力のタネは、この街で育まれたに違いありません。
アンデルセンの生家は、一階建ての黄色くてかわいい家でした。少年時代の彼は、この窓から何を眺め、何を思って飛び出したのでしょう。
残念ながら生家には入れませんが、5分ほど歩いたところにアンデルセン博物館があり、部屋の様子が再現されています。博物館の入口には彼が得意とした切り絵のライオンが。ライオンの右手にはとても気持ちのいい庭園が広がります。
「とにかく狭くって狭くって」
ガイドさんがいかにも気の毒そうに繰り返し言うので、一体どれほど小さな部屋で幼少期を過ごしたのかと思えば、確かに少し天井が低いとはいえ、外観と同じようにやっぱり中もかわいい部屋でした。日本のワンルームマンションのほうがよっぽど狭く、暮らしづらいと思います。
アンデルセンの身長は185cm。当時としてはかなり大柄だったと思います。今ならパリコレでさっそうと歩くモデルになっていたかもしれませんが、時代のせいもあって、このとびぬけて背が高いことをはじめ、つぶらな目がちょこんとついていることも、大きな鼻も、くりんくりんの髪の毛も、全部コンプレックスだったといいます。
生い立ちをたどってみると、彼はずっと現実の世界に落胆していたような気がします。それで、自分が創りだす空想の世界に閉じこもったのかもしれません。落胆が大きかったからこそ、アンデルセンの空想力は誰よりも夢いっぱいで色鮮やかなものになったのでしょう。
「すべての人の一生は神の手によって書かれた一遍の童話である。」 H.C.アンデルセン
その膨らみきった空想のかたまりを、言葉として紡いだのが今も読み継がれる童話であり、はさみで形作ったのが無数の切り絵だとすれば、楽しみの裏側に、隠された悲しみや苦しみが見えてくるような気がします。いいえ、これこそが創作なんだと思います。(おしまい)
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