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2009年度の「ボローニャ国際絵本原画展」に入選し、国際的な実力を認められている松村真依子さん。担当編集者に次回作の候補作家を何名かあげてもらったなかで唯一、僕のあげた候補作家と被ったのが松村さんでした。

長い創作期間を経てまもなく出版される『ゆきちゃんのおさいふ』は、彼女にとって2作目となる絵本です。絵本作家として、また4歳の子の母親として、この作品に込めた思いを語っていただきます。

 

いよいよ新刊絵本が出版されます。まずはご挨拶からお願いしても良いですか。

はじめまして、松村真依子と申します。
絵本制作を中心に絵を描いていて、幼稚園に通う子どもがふたりいます。
エンブックスさんと約1年8ヵ月にわたって制作していた絵本『ゆきちゃんのおさいふ』を、7月20日に刊行することになりました。そこで、この絵本について、これから少しずつご紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

 

よろしくお願いいたします。まず、今回の作品で描かれたのは、主人公の小さな女の子が成長するお話です。このテーマを選ばれたのは、松村さんご自身の子育て体験が元になっているとか。

今回は、「ゆきちゃんのおさいふ」を創作している最中、ずっと心の中にあった「小さな大事件」のお話をさせて下さい。

創作を開始した頃、長女は4歳。しっかりもので、生真面目で、恥ずかしがり屋な彼女は、その歳で既に典型的な優等生タイプでしたが、ご挨拶だけができませんでした。そして、私はひどくそれを気にしていました。

同じマンションの住民の方は、いつも「あら、おはよう」「こんにちは、可愛いわねぇ」と、笑いかけてくれます。娘はというと、モジモジしてうつむいたり、時には何も聞こえないようなフリをして素通りしたり。その度私は、申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちで「すいません……」と、困った笑顔を返すのでした。

何度となく「挨拶が如何に大事か」という話をした覚えがあります。そんなことを言ったって意味がないと分かっていても。娘だって本当は「おはよう!」って言ってみたい。ただそのキッカケが掴めないだけだったのです。

私は私で焦っていました。「そろそろ挨拶できるようになった方がいいわよね」と言われたりもして、自分が責められているように思えました。今思えば馬鹿げた話ですよね。

 

時間が経って客観的に振り返れば、子育てのよくある風景のひとコマかもしれませんが、きっとみなさん同じように悩み、考えながらお子さんと向き合っていらっしゃるんだと思います。

そんなある日、私たちがエレベーターに乗り込むと、後から入って来たおばあさんが「こんにちは」と、娘に微笑みました。そして、いつものような沈黙、たぶん2、3秒でしょうか、その後娘が「……こんにちは」と、蚊の鳴くような声で言ったのです。不安げな表情、でもちゃんと前を見て。おばあさんは「まぁ偉いわねぇ!」と大げさに驚いて出ていきました。

娘はエレベーターを下りてから満面の笑みでこちらを振り返りました。私には彼女が小さなお守りを手に入れたように見えました。「自信」というお守りです。

 

成長した瞬間が見えるすてきなエピソードですね。もしかすると、そのおばあさんもご自身の経験から、わざと大げさに驚いてくれたのかもしれません。

おばあさんが同じエレベーターに乗ったこと、4階から1階までの数秒の時間、娘の気持ち、おばあさんの優しさ、全てが奇跡のように思えて胸を打たれました。

また不思議なもので、この「事件」によって、「私は子どもに挨拶を教えることも出来ない悪い母親だ」とトゲトゲしていた心が、「いつか出来るようになればいいや~」とスーっと楽になったのでした。なぜでしょうね。娘の一生懸命な姿が心を溶かしてくれたのかもしれません。

 

「子育て」といいながら、実は「母」としても一緒に成長しているんですね。

『ゆきちゃんとおさいふ』は、子どもたちにとっても親にとっても、そんな小さなお守りになればいいなぁと願っています。
ついつい焦ってしまうし周りの目も気になってしまう。でも本当は急かしたくなんてないんです。のんびり歩く行程に、小さなお守りがポッケに入っていれば、子どもも親も、安心して歩いていけるかなと思うのです。

 

この作品が「お守り」として子どもたちの心に残っていくと良いですね。本当に素晴らしい絵本を描いていただき、ありがとうございます。

 


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前回のインタビューでは、母親としての目線で創作への思いを語ってくれた松村真依子さん。
今回は画家としての目線で、ご自身の表現方法について語っていただきました。

そして、『ゆきちゃんのおさいふ』は本日発売です。
ステキな絵本とインタビュー、どちらもあわせて楽しんでいただけたらうれしいです。

 

今作は松村さんにとって大きなチャレンジがありました。そのあたりをお聞かせいただけますか。

「ゆきちゃんのおさいふ」では、はじめて水彩絵具を使いました。
今までの制作ではオイルパステルや油絵具を使ってきました。厚手のボール紙に下地を塗り重ねて、絵具もどんどん重ねて、引っ掻いたり、画面の上で混ぜたり、好き放題に描く手法です。

エンブックスさんと絵本を作りはじめた時も、当初はいつも通り油絵具で描くことをイメージしていました。今思えば、はじめに考えていたお話の舞台やモチーフも、油彩であることを想定したような内容だったのかも知れません。ちょっとファンタジックで、現実離れしたような。

それが編集者さんと話し合いを重ねるうちに、だんだんとストーリーの方向が変わってきて、現代の幼稚園児の身の回りにある物を題材にしようということになりました。

正直、いいぞいいぞ、という気持ちと、私に描けるのかな? という気持ちで半分半分でした。例えばスーパーマーケットの細々した棚や、お菓子のパッケージなどを、自分なりに描くとどうなるだろう? ということを具体的に想像できないままに、ストーリーの枠組みが決まって行きました。

さて、絵を描こう! という時になって、油彩の筆をキャンバスに置くことが出来ませんでした。
道具と頭の中にある絵が繋がっていないように感じました。頭の中にあるのは、淡くて、ふわふわして、優しくて……赤ちゃんの産着のような絵です。軽くて薄くて。

やってみるしかないなぁ……と思いました。渋々、油瓶を片付けて、道具箱の奥底で眠っていた水彩絵具を引っ張りだし、「水彩で描いてみようと思います」とメールを打ちました。

 

ボローニャ絵本原画展の入選作品も油絵でしたし、水彩画への方向転換はすごい勇気だと思いました。
でも、お話と絵の相性を再優先に考えられる松村さんは、本物の絵本作家だと確信しました。だから、誰も見たことのない絵でしたが、すぐに賛成することができました。

そこからかなり長い間編集者さんをお待たせすることになりました。

油から水への転換は、やはり何もかも勝手が違いましたし、そもそも、画面に向かうときの姿勢から違う。だんだんと道具と仲良くなれてきた頃、やっと思い描いていた絵が画面に現れてきました。

描き終わった今は、新しい画材に挑戦するキッカケをいただいたことに本当に感謝しています。

頭の中にある絵を、紙に写すために使い始めた水彩絵具でしたが、道具の幅が増えたことで、そもそも思い浮かぶイメージも広がりました。
それに、今までは「自分らしさ」で無意識に表現を縛っていましたが、なんだか憑き物がとれたように自由になりました。もっといろんな絵を描いてみたい、いろんな道具に触れてみたいと思っています。

私にとってひとつの転換期になった絵本です。たくさんの方に読んでいただけると嬉しいです。

 

編集の過程で画家が新たな境地にたどり着く瞬間を見られたことは刺激的でした。バージニア・リー・バートンも作品によって画材が違いますが、どれもお話にぴったりです。
道具の幅が増えたということは、松村さんの創作の世界が広がったということでもあるので、『ゆきちゃんのおさいふ』をきっかけに、ますますのご活躍を期待しています!
(おしまい)

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